文科系の青春物。
とはいえ数学で決闘っていうシステムを導入しているから、結局勝負事ってのが青春テーマに合うんだよね。
物語にメリハリを作るために、勝負前、最中、結果、というのは起承転結に上手くハマるんだろうなと今更ながら思う。
数学要素は思ったより少なめで、物語に重要な意味があるのかな?って思った京の数列は放置したまま1巻は終わったので、ここらへんは2巻読めば分かるのかな。
そこの答えを知りたがるのは自分が結局理系脳だからなのかと書いてて気づいた。
主人公の栢山が持っている「一度見た数字は忘れない」って能力、数字的感性が優れていることの象徴なんだろうけど、数学以外にあまり興味を持っていないことを除いて、それ以外は普通の高校生らしく生活できているのが違和感あった。こういうチートな能力持っているなら大きな欠点がないと釣り合いが取れないのではないかと、というのはただの僻みか。
数学の世界に迷いなく進んでいける、というのはある意味片道切符だし、一般的な道を進めないという点でリスクを普通より負っているのかもだけど。
ただそんな数学の世界に飛び込めるのは羨ましくもある。作中にも繰り返し出てくる「才能」というワード、数学の世界は特に強いと思う。
目に見えない数字だけの世界を想像しろって、そりゃ無茶な。「それぞれの数学世界を持っている」というのも納得で、4次元以上の高次元や、宇宙の原子の数より大きいスキューズ数とか、現実離れした数学でイメージする世界は、きっと数学者同士でも頭の中に浮かんでいる姿は違うんだろうなと。無限にも大きさがあるって知った時の意味不明さを超える経験はまだない。
それでも純粋数学はロマンの塊で、きっとこの世に神がいるとしたら、それを見つけられるのは数学だろうなぁ。世界の真理?というのがあるとしたら、数学を突き詰めた先にあるんじゃないかと。見てみたい気はすごくあるけど、そこまでどっぷりと人生を懸けられる勇気がないとか余計なことを考えてしまう時点で権利がないので、自分が生きているうちに誰かが到達してくれないかなぁ、難しいか。
Kindleで読んでるとパラパラめくれないので、正しい文があったページをすぐめくれないから、めんどくさがって文章を正しく引用できないのが難点。ただ記憶に残っているという点に絞って思い出せるので、その部分は本の印象が強く残ったところなんだろうと思っておく。そういった箇所を引用するときは意訳、とでも文末に書いておこう。
「一人で数学の道を進んでいるのが一人じゃない(意訳)」、ということを知っているかどうか。確かに心持ちは違ってくるだろう。心強さであったりライバル心であったり。何にしろ、自分一人だけ、という時間を長く過ごすと思考のループにハマったり、閉塞感に耐えられなくなったりするのは容易に想像できるし、そういった状態を打開するきっかけは、やっぱり外乱≒他人の行動なんだろう。直接の言葉でなくたって、文章でも何でも。自分とは違う考えってのを見ると、急に視界が開けるってのは日常生活でも間々あるし。たとえ狭い世界だったとしても、その世界の中では開かれているってのが大事なんだろうなと。数学はもっと、特に日本で、もっと開けた文化になってほしいという気持ちはあるけど。なんなの、あの文系タイプの数学の毛嫌いっぷりは。教育法がいかんのか。
とりあえず2巻があるので、数学に対して思っている他愛もないことはまたそっちを読んだら書いてみようかと。
最後にこの小説、登場人物の名字が難読過ぎるので、備忘録としてメモ
栢山 かやま
東風谷 こちたに
蓼丸 たでまる
十河 そごう
京 かなどめ
皇 すめらぎ
三枝 さえぐさ
弓削 ゆげ
2巻読むときに覚えられているか…
0コメント