栢山のポンコツっぷりがはっきりと描写されてたが、1巻は別に普通だったではないか。
数学とは何か、英語とか地理とかは容易に定義付けしていたけど、たぶん英語を専門にする人たちの物語があるとしたら、その中では数学もまた容易に定義付けされるんだろうな。結局自分が一番向き合ってるものに対して、普通とは違う意味を探したりすんだろう。自分が時間を掛けているものは、こんなにも価値があるんだぞと、納得させたいのは究極的には自分ただ一人だけなわけで。共感を得るのはまた別として。
「青春は諦めたときに振り返って気づくもの。(意訳)」あぁあれが青春だったのかと。ちょこちょこセリフとして青春って言葉が使われてたけど、自分が高校生ときにはわざわざ青春してるなんと言ったり感じたりはしなかったような。でも振り返れば、あの日々は間違いなく青春で、確かに色々なことを諦めて、なんだか良く分からない現実ってやつに阻まれて、それでも毎日に気づきがあったような、振り返って思うことがありすぎて、だからおっさんは若手に講釈を垂れたくなるんだろうな。もう自分には取り返せない時間だと諦めているから。
薙刀部の柴崎は見習いたい性格。しんどいから進むって、それを続けることがどんなに大変か。苦手な数学を克服するために、まともに話したことのない栢山に教えを請うことだって、それを素直に実行することの難しさよ。真面目とはまた違う、自分に対して厳しいというか、理想を持っている姿ってのは、忘れずに心に留めておきたい。
数学の始まりとは何なのだろう。ユークリッドはなぜ誰しもが正しいと思うものを原論としようとしたのか。そこには理屈などなく、突き動かされた結果なのか。成さずにはいられないっていう衝動を抱えている人ってのはいるんだろうな、いつの時代も。そういう人になりたかった。
ゲーテルの不完全性理論を久々に見た。自分では自分の正しさを証明できない、人にも通じるものがあるなと。数学でも無矛盾なものを厳密には証明できないなら、この世界のどこにもそんな普遍的で完璧な正しさってのはないのだろう。大事なことな気がする。
何にしても追い求める理由は人ぞれぞれでいいんだろうな。
読み終わった後には数学と美術の繋がりとか、好きな数字の理由とか、色々考えてた気がするが眠くて頭が回らない。
好きな数字は0。というより、0が発明?発見?される前の数学ってのが想像できない。それぐらいの革新というか世界を新たな事象に連れて行った0ってはすごいやつだ。
すごいやつなんだ。
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